小麦と朝もやけ

人生は勉強になることばかりだ。と前向きな人は言うけれど。

勉強の定義から話してもらわないと、広範囲すぎて良い事言ってるんだか悪いんだかわかんねぇよと詰まらない文句を今日も重ねています。こんばんは。

 

野菜を守りたい友人と最近はよく音楽の話をしたり、ゲームをしたりしている。彼は努力家で、親切に色々おしえてくれるから楽しい。

友人の定義は同じ価値観で同じ方向を向いていること。あとは依存せずただ適当にマラソンしていたら、横に同じくらいの速度で走っているやつがいるくらいがちょうどいい。

 

どんな関係性も、億劫になってはおしまいだし。距離感を持ちつつ上手にやれるように成長してください。僕より年下の人。いきなりなんか年上の説教みたいなくだらない文章を書いてしまった。

上手にやっていきたいもんだと思っているだけです。

 

毎日日記を書くなんて、正直毎日綴る量の出来事なんて起きないし、詳細に一日の出来事を書いてしまったら、どんなにつまらない人間か露見するようなものなので、記録ではなくて、なんかモヤモヤを中質して、濾過して、ビーカーでケミストリーしたよくわからんもんを常に吐き出すべきである。

 

ケミストリーという単語に恥ずかしさを覚える年齢です。

 

と、くだらないことを書いていたら午後11時を回った。

とりあえずやることやっていながら毎日を過ごすと恐ろしく帰宅してからの時間が短い。どんどん時計をぐるぐる回す人になろう。一気に年をとるかもしれない。怖い。

 

今日はまとまりが悪かった文章だった。明日も書けたらと思う。

習慣と環境が人を作る。