下書きと上書き

 論争っていうのはそもそも、おなじ常識と知識をお互いが持っていて。

 片方がルールの矛盾を言葉で説明しきったときに、論破になって。

 相手側はその矛盾を受け入れて。

 思考の再構築をできる許容が必要になると思うんですけど。

 

 社会に出て思うのは、「常識」なんてものをきちんと持っている人は少ないと気づく。

 

 憎まれっ子世に憚るとは言ったもので。そういった「わがままな、身勝手な」という性質を多めにもっている人ほど偉くなるし。そういう人と論争になることがある。

 

 そういった時、はっきりいって。

 話し合いにならない。

 言葉はおなじなのに相手に届いてる感覚があまりない。

 おなじ時間を共有しているのに、相手の目の奥に潜む黒いものがよくわかない。

 つら。

 こんばんはYonoです。

 

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 明日はおやすみです。仕事で疲れ果てて昼ごろ帰宅して夕方に目覚めました。

夕飯の時間に姉貴とデビルマンの話になりました。漫画版はバッドエンドは有名です。

人間も神様も悪魔も等しく不幸になるお話。

 お話の中で悪魔が「人間を『食べて』いるだけ俺はマシさ。『殺す』なんてもってのほかだ」みたいな台詞がありました。殺された側はどっちも変わらないだろうし、生きている側の意見です。すごい作品だ。

 

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 物悲しい雰囲気になる前に体調がずっとよくない。

 色々あって生活の基盤が少しずつ変わってきている。

 どうにも毎日しんどいけど。なんとか楽曲の勉強を続けよう。

 またあした。